2010/09/08

【ビデオレター】霞城公園を歩く(山形市)

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山形市の中央に位置し、昔から市民に愛されてきた山形城址(霞城公園)。
霞城公園は、山形城の復元工事が行われており、順次復元されております。
山形城は、最上義光の時代につくられ、鳥居忠政の時代に現在の形に整えられたものだそうです。
最上義光が、慶長年間に城郭を拡大、城下町を整備し、関ヶ原の戦いの功で得た出羽57万石の本城とした。
写真は、1991年(平成3年)に復元された二の丸東大手門。

市内の中心部にあることから、駅からも近く、多くの人に愛されている。また、桜の名所としても知られている。

東大手門の前の広場には、以前は県立中央病院があった。

現在は二の丸跡が霞城公園として残されているが、復元された東大手門は、門の規模は江戸城の城門に匹敵するそうです。
また、日本の名城100選にも選ばれております。
三の丸まで含めた敷地面積では、日本の城の中で5番目に広い大きな城でした。

山形城の復元工事は、忠実に工法も昔ながらの工法で作られている。大手門櫓の中は資料展示館にもなっており、見学もできる。
大手門をくぐると、昔から建つ最上義光の馬上の雄姿銅像がある。

明治時代、城が売りに出されると山形市が購入し、陸軍の駐屯地を誘致した。
歩兵三十二連隊の兵営敷地となり、城内の櫓や御殿は破却され、本丸は埋め立てられた。三の丸の堀も埋め立てられ耕作地として利用された。

公園内には、県立博物館がある。また、国の重要文化財に指定されている旧済生館が七日町より移築されており、中の資料は日本の医学の歴史を知る上では、貴重な資料ばかりで一見の価値ありです。

山形城の復元工事は、昔の公園を知っている人には驚くほど様変わりしている。
元サッカー場のあった場所には、2006年(平成18年) 本丸の正門に当たる一文字門に架かる大手橋が復元されている。

本丸の復元工事も盛んに行われている。
また、昔から利用され、今も利用されている県立体育館は、懐かしい姿で現存する。

取り壊されたスポーツ施設も多い。
そんな中で、昔から山形の若者から利用され、音楽の発信地でもあった屋外音楽堂が昔のままで残されており、けっこう懐かしい人は多いのではないでしょうか。

また、近い将来は取り壊される市民球場も、まだ利用されて現存する。

◆「霞城公園を歩く」のビデオレターもこちらからご覧いただけます。

■霞城へのマップ



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